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Text  - 原案  Original
『ホッテントットエプロン』         作 / 新柵 未成
この器と私自身は、無関係である。私はこの中から覗いているだけなのだ。けれど外界から私を見る人々は、この姿かたちを私と認識しているようなのだ。なので身体を鏡に映して、これが自分なのだと思いこむようになりました。
 
真夜中のファミレスでバイトするのは、彼と寝たくないからです。なのにこの男は、仕事場を抜け出してきて、明るい部屋で私の身体を暴くのです。そのようにして、夢想の壁に貼り付いた真実を、思い出してしまいます。 鼠除けの装置は、人間と非人間との判別機械。人間ではない生き物に苦痛を与えて、疎外を呼ぶ。獣姦の果ての娘など、お見通し。この頃は街を歩いていても、突然に裸に剥かれる時がある。振り返ると、すれ違ったのは、私と同じ皮膚を持ったネズミ人間。
 
二次元の女がここに現れるのも当然である。この世界はまるでスケッチのように単純だ。なのに、世界が壊れるのを怖れている。この先に危機を感じないのかと言われても、今が既に危機的状況。この身体に支配されて、下半身は泥に浸かっているのです。そのことは男しか知りません。 食卓は、静物画のように取り残される。貯まるお菓子の空き箱で、小さな部屋を作っています。男はここまでは入れません。彼女だけがこの部屋に入れる唯一の存在で、私はそのことに騙された。女は、世界が予め壊れていることを知っていた。廃墟での遊びに私を誘い出しました。
 
女に促されて眼鏡を外すと、物の大きさは変わり、人間共は急激に遠ざかる。さっきまでこの男は私の上で、世界に入りきらないほど巨大だった。男はローリングストーンの怪物と化す。逃げ惑う私の方が、更に醜怪な獣だと気づく。価値の反転した世界では、これは優位な姿勢である。私は求められ、この奇怪な模様は、列を成す人々に賞賛された。そして私は転がり落ちていった。
 
私自身が驚異。もっと驚かせようと彼女は私を煽る。汚水が溢れ、コンロの火は燃え移る。仕舞った物を投げ散らかして、身体を漁らせる日々。生ゴミはとめどなく、温かい温度すら感じるようだ。飛び散った野菜屑から何かが生まれてきたら、それを食べて暮せばいい。 言葉は意味を失って、寒天の頭を滑り落ちる。小鳥の脳味噌は、ついばまれる。公園で餌をやっていると、猫のかたちをした生物が寄って来て、斑を晒して媚びを売る。腕の中にいる物の正体を教えようと近づいてみるが、これは既視感というもので、この男は見知らぬ男で、話しかけたりするのはオカシイのだ、と私は彼を無視して立ち去る。男も私が見えないふりをしている。私が傍にいることを恥じていたのでしょう。一人、安心して午睡に堕ちました。
 
目覚めたら、総てを失っていました。盗んだのは、あの女だ。私を高揚させ、転落させた。同じように彼女は垂直に落ち、水溜りの水面が揺れて痣は澱んだ。
 
人間のいない風景の方が美しいと感じます。空に、近い終焉を読み、それが青く澄んでいても暗く澱んでいても、同じことを思う。私は世界を美しさで満たそうと、ここを去った。 見覚えのある風景を頼りに、懐かしい空き家へ帰ったのだ。 しかし道を間違ったのか、この家には子供がいたのです。半分の正しい血を分けた双子が鏡から抜け出て、対話している。朽ちた木造小屋に生えた茸や雑草で料理を作り、私達は生き延びた。この半身を忘れられると思った瞬間、彼女の悪夢に苛まれ、気がつけば一人は死んで、半分が残された。衰弱の彼方、せめて、犯した罪には厳格に。私は一人、沼へ向かった。
 
記憶は失われていく。人々は、私を忘れる。簡単に、総ては無かったことにできる。ただこの身体はここにある。世界の終わりまで私に寄り添う。私の世界が完全に美しくなる時は、永遠に訪れない。
 
この無言の電話は、ここと向こうを繋ぐ唯一の正常なざわめきである。かつて私を殴りつけた手が、何故そのように胸底を探るのか。その痛みで目が覚めてしまった。ここは洞窟でも、水の中でもない。
 
彼女に纏わる総ては、私の幻視だったそうです。けれどそう話すこの男こそが幻であるのかも知れません。元々一人きりの妹は、新しい家にいました。けれど双子との生活で、私の料理の腕は上達したようなのです。ネズミ人間に出会っても、もう驚きません。 かくて、放蕩娘は帰還しました。
 
(2004年5月)